アラサーを謳歌する田舎者@PU待ち
ね。現代曲。悩みどころだなあ。
昨日友人とちょっと語ったんだがな、音楽家がその時代の曲を演奏できないというのはちょっとおかしいよなと。
過去の曲は確かにいいものだけどもそれって僕らの時間18世紀で止まってるじゃないかと。
理屈はわかる。
でもやっぱり現代のあの意味のない音の羅列を演奏できる意味がわからない。
現代曲は頭で理解して楽しむものだ!とか偉そうに語る人にも時々会うけどそんなん現代曲じゃなくたってそうだし。
バッハが曲の中にどれだけのレトリックを混ぜ込んでどれだけの数字を隠してるとお思い。受け売りだけど。
バロック楽しいよバロック。
それにそういうのを理解して楽しむのは今となっては専門家のすることなわけで、ちょっと寂しいながら一般の聴衆はその辺特に意識せずに聞いてるわけだよな。
ということはきれいなメロディーとか特徴的な和声進行とかわかりやすい超絶技巧とかその辺をあんまり含まない現代曲は何度も言ってることだけどやっぱり需要がないわけだ。
武満はすごいと思うけどね、ノヴェンバーステップスが話題になって小学校であれを聞かされたとき正直わけがわからなかった。
実家でもこの間その話をしたけどやっぱり母親も初めて聞いたとき現代のクラシック音楽ってこんなに意味不明なのか?と思ったと。
現代のクラシック音楽って軽くパラドックスだよな。まぁそれはいいや。
演奏できるのはまぁ大切なことだとして、演奏する必要はあるのでしょうか現代曲。悩みどころ。
あとこんなん語っててまた思ったんだがおまい、現代の僕たちが現代曲を演奏できないのはおかしいと言うなら日本人の僕たちが日本音楽を演奏できないのもおかしいんでねえの。
西欧で日本音楽を選択する人たちがマイノリティであるように日本で西欧音楽を選択する人も本来マイノリティであって然るべきですか?
あと今思い出したので今言うけどシャロンベザリーがオケ伴で録ってるフォーレの終わりのだささが異常
昨日友人とちょっと語ったんだがな、音楽家がその時代の曲を演奏できないというのはちょっとおかしいよなと。
過去の曲は確かにいいものだけどもそれって僕らの時間18世紀で止まってるじゃないかと。
理屈はわかる。
でもやっぱり現代のあの意味のない音の羅列を演奏できる意味がわからない。
現代曲は頭で理解して楽しむものだ!とか偉そうに語る人にも時々会うけどそんなん現代曲じゃなくたってそうだし。
バッハが曲の中にどれだけのレトリックを混ぜ込んでどれだけの数字を隠してるとお思い。受け売りだけど。
バロック楽しいよバロック。
それにそういうのを理解して楽しむのは今となっては専門家のすることなわけで、ちょっと寂しいながら一般の聴衆はその辺特に意識せずに聞いてるわけだよな。
ということはきれいなメロディーとか特徴的な和声進行とかわかりやすい超絶技巧とかその辺をあんまり含まない現代曲は何度も言ってることだけどやっぱり需要がないわけだ。
武満はすごいと思うけどね、ノヴェンバーステップスが話題になって小学校であれを聞かされたとき正直わけがわからなかった。
実家でもこの間その話をしたけどやっぱり母親も初めて聞いたとき現代のクラシック音楽ってこんなに意味不明なのか?と思ったと。
現代のクラシック音楽って軽くパラドックスだよな。まぁそれはいいや。
演奏できるのはまぁ大切なことだとして、演奏する必要はあるのでしょうか現代曲。悩みどころ。
あとこんなん語っててまた思ったんだがおまい、現代の僕たちが現代曲を演奏できないのはおかしいと言うなら日本人の僕たちが日本音楽を演奏できないのもおかしいんでねえの。
西欧で日本音楽を選択する人たちがマイノリティであるように日本で西欧音楽を選択する人も本来マイノリティであって然るべきですか?
あと今思い出したので今言うけどシャロンベザリーがオケ伴で録ってるフォーレの終わりのだささが異常
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無題
僕的に。
現代音楽って、別に今の時代様式に合ってる訳じゃないから受け入れがたいんじゃないかと思うのです。
例えばバロック時代とか美術でも建築でもバロック様式的なものがあるじゃないですか。
つまり、時代そのものがバロックだったんじゃないかと。
でも、現代って特に現代様式と呼ばれるようなものないと思うんです。
つか、いろいろなものが溢れててこれ!!と定義できないんじゃないかと。
つまり、現代はいろんな様式に溢れていて全員がそれを受け入れられないのは必然で、だってパーソナリティーが重視される時代だし。
だから、現代音楽と呼ばれる小節線の無いような曲が受け入れられない・演奏できないのは、仕方ないんじゃないかと。
だって多分そう言うのやってる人たち事態がマイノリティなんじゃねーの?
それなら、受け入れられる人もマイノリティなんじゃねーの?
みたいな(・ω・)
んな感じでマジレス&説明下手&長文失礼w
現代音楽って、別に今の時代様式に合ってる訳じゃないから受け入れがたいんじゃないかと思うのです。
例えばバロック時代とか美術でも建築でもバロック様式的なものがあるじゃないですか。
つまり、時代そのものがバロックだったんじゃないかと。
でも、現代って特に現代様式と呼ばれるようなものないと思うんです。
つか、いろいろなものが溢れててこれ!!と定義できないんじゃないかと。
つまり、現代はいろんな様式に溢れていて全員がそれを受け入れられないのは必然で、だってパーソナリティーが重視される時代だし。
だから、現代音楽と呼ばれる小節線の無いような曲が受け入れられない・演奏できないのは、仕方ないんじゃないかと。
だって多分そう言うのやってる人たち事態がマイノリティなんじゃねーの?
それなら、受け入れられる人もマイノリティなんじゃねーの?
みたいな(・ω・)
んな感じでマジレス&説明下手&長文失礼w
無題
まさにそこだよ!
珍しいことやった奴が勝ちみたいなね。
でもどうなんだろうな、時代ごとの様式ってのは後世の人たちがその時代を振り返ってこんな感じだねって後付けするものだからな。
知ってるかソナタ形式なんて別に存在しなかったんだぜ・・・誰かがABAって展開を使ったのがかっこよかったから皆真似し始めただけで・・・
シェーンベルクやらリゲティやらが調性崩壊だの無音音楽だの言い出してそれがなんかかっこよかったから皆真似してんだよな
それがのちのち無調派だの無音派だのと名付けられることになるんだろうなあ
あるいは何個か前の記事のりんごじゃないけど制限のない自由な表現が許されてる中で真に個性的なものを生み出した奴だけが認められるみたいな、そういう時代なのかなあ
ノヴェンバーryは多分300年400年後には21世紀のアイネクライネのような立ち位置で語られるのかもな
珍しいことやった奴が勝ちみたいなね。
でもどうなんだろうな、時代ごとの様式ってのは後世の人たちがその時代を振り返ってこんな感じだねって後付けするものだからな。
知ってるかソナタ形式なんて別に存在しなかったんだぜ・・・誰かがABAって展開を使ったのがかっこよかったから皆真似し始めただけで・・・
シェーンベルクやらリゲティやらが調性崩壊だの無音音楽だの言い出してそれがなんかかっこよかったから皆真似してんだよな
それがのちのち無調派だの無音派だのと名付けられることになるんだろうなあ
あるいは何個か前の記事のりんごじゃないけど制限のない自由な表現が許されてる中で真に個性的なものを生み出した奴だけが認められるみたいな、そういう時代なのかなあ
ノヴェンバーryは多分300年400年後には21世紀のアイネクライネのような立ち位置で語られるのかもな